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東京地方裁判所 平成3年(ワ)4838号 判決

原告

甲野太郎

原告

乙山次郎

原告

丙川三郎

右三名訴訟代理人弁護士

藤原高志

被告

佐世保重工業株式会社

右代表者代表取締役

長谷川隆太郎

右訴訟代理人弁護士

西本恭彦

鈴木祐一

野口政幹

水野晃

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告は原告甲野太郎に対して一九〇九万三四八円、原告乙山次郎に対して一五一七万四一七円及び原告丙川三郎に対して二二六九万九二〇七円並びにそれぞれ右金員に対する本件訴状送達の翌日(平成三年四月二五日)から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、被告に懲戒解雇された原告らが、懲戒解雇事由は存在しないと主張して、退職金を請求するとともに、右懲戒解雇により名誉信用を失墜し、将来の生活に不安を抱いた結果精神的損害を被ったとして、各五〇〇万円の慰謝料を請求した事案である。

一  基礎となる事実関係

以下の事実は、当事者間に争いがないか、各掲記の証拠によって認めることができる。

1  被告

被告は昭和二一年一〇月一日に設立され、東京都千代田区に本社を置く東証一部上場の株式会社である。被告は、船舶の建造・修理、陸舶用機械・機器の制作・修理、鉄構造物の制作・修理等を業とし、佐世保造船所の他、長崎県佐世保市白岳町に鉄構工場を有し、大阪、名古屋、広島、神戸、仙台、福岡、長崎の七カ所に営業所を、また海外に三事務所(米国、英国、香港)をもつが、その主たる生産拠点は佐世保市にある。

被告は、昭和四〇年代後半から、世界的な造船不況に石油危機と急激な円高が重なって経営危機に陥り、昭和五三年には坪内寿夫が代表取締役に就任した。坪内氏は人員削減策を図るなどして合理化を敢行し経常利益も増加したが、その後のドル安・海運不況を乗り切ることはできず再び赤字に転落し、昭和六二年に代表取締役を辞任し、同年五月二八日、被告生え抜きの川崎孝一氏が代表取締役に就任したが、川崎氏も多額の赤字を計上し、一年間で退陣することになり、日本興業銀行の推薦もあって、昭和六三年六月二九日、長谷川隆太郎氏が代表取締役に就任した。(〈証拠・人証略〉)

2  原告ら

(一) 原告甲野太郎(以下「原告甲野」という。)は、昭和三九年四月一日に被告に入社し、平成元年当時は佐世保造船所業務部長の職にあったが、平成元年一一月二日付にて所長付主任部員に異動となり、その後本社企画室主任部員を経て、平成二年一月一二日に、翌日付をもって懲戒解雇された。

(二) 原告乙山次郎(以下「原告乙山」という。)は、昭和三九年四月一日に被告に入社し、平成元年当時は佐世保技術開発株式会社出向兼事業開発室グループ主任部員の職にあったが、平成二年一月一六日付にて所長付主任部員に異動となり、平成二年二月六日に、翌日付をもって懲戒解雇された。

(三) 原告丙川三郎(以下「原告丙川」という。)は、昭和三二年三月二八日に被告に入社し、平成元年当時は鉄構統括部主任部員兼佐重工興産株式会社出向の職にあったが、平成二年一月一〇日付にて所長付主任部員に異動となり、平成二年一月一一日に、翌日付をもって懲戒解雇された。

3  「嘆願書」に至る経緯(〈証拠・人証略〉)

坪内社長は、佐世保造船所に所長室を新設し、同社修繕部第二課長であった姫野有文(以下「姫野」という。)を同室長取締役に抜擢し、同人を中心に人員削減等の合理化を進め、管理職に対する締め付けも厳しかったことなどから、管理職の間でも坪内社長及び姫野に対する反感が強かった。川崎氏が代表取締役に就任すると、姫野は降格され、反姫野派の管理職が主導権を握った。

ところで、被告では、川崎社長時代の昭和六二年五月以降、反姫野派の管理職の一部と特定の下請業者らが結託し、右管理職らが、支払伝票を操作して架空ないし水増しした下請工事代金を下請業者に支払い、その一部をバック・マージンとして払い戻させて取得した裏金を右管理職ら二五人ないし三〇人で分配していた。中には、一回に二〇〇万円もの現金を受け取っていた者もいて、被告に合計五億円を超える莫大な損害を与えていた(以下「不正伝票事件」という。)。但し、原告らが不正伝票事件に関与していたと認めるに足りる証拠はない。

昭和六三年に川崎氏に代わって長谷川氏が代表取締役に就任することが決まると、姫野が再び役員に就任するとの噂が流れたため、同年四月以降、原告らを含む管理職多数名が集まって、姫野他一名が役員や重要なポストに就くことを阻止しようと話合い、同年六月ころ、原告ら三名を含む管理職七三名の連名で嘆願書(〈証拠略〉、以下「嘆願書」という。)を作成した。「嘆願書」には、姫野は坪内元社長の権力を背景に、あらゆる権限を集約し、会社を私物化し、被告の体質を弱体化してきた人物であり、同人が所長室長時代に恐怖政治さながらの運営をし、業者と癒着し、特定業者への不透明な発注を繰り返していたなどと同人を中傷する内容を記載し、姫野他一名に経営の中枢にかかわる組織、人事、企画及び発注業務等に関する権限を付与しないこと及び両氏を佐世保勤務にさせないことを要望する旨記載されていた。そして、原告丙川らが、「嘆願書」を持参して上京し、長谷川社長に手渡そうとしたが、長谷川社長はこれを受け取らなかった。(〈人証略〉)

姫野は長谷川社長就任とともに監査役に就任したが、同年八月一日からは、社長特命事項担当の顧問となり、同年一〇月三日からは、資材部長も兼務するようになり、姫野派の勢力が拡大していった。平成元年六月開催の株主総会において、姫野が取締役に復帰するとの噂が流れると、反姫野派の管理職は、かっ(ママ)ての坪内―姫野体制が復活し締め付けが厳しくなるのではないかとの危機感を抱くとともに、前記不正伝票事件に関与していた者は、姫野に不正を摘発されることを恐れるようになった。

4  Sらの陰謀(〈証拠・人証略〉)

Sは、昭和六二年六月に取締役に、昭和六三年六月からは、佐世保造船所所長代行に就任していた者であるが、不正伝票事件に加担し、一回に二〇〇万円から一〇〇万円もの現金を収得していた。Sは、長谷川社長就任後、自分が姫野派に軽んじられているとして不満を抱くとともに、姫野らに不正伝票事件が発覚することを恐れ、長谷川社長・姫野の追い落としを企てた。他方、そのころ、Sと同様不正伝票事件に加担していた下請業者のN工業株式会社の代表者Nらは、姫野が復活すると、それまでの不正が発覚するばかりか、下請業者に対する締め付けが厳しくなり、また、それまでN工業株式会社に認められていた下請代金支払の際の優遇措置等が認められなくなると考え、平成元年六月ころに、Sに接近し、協力しあって姫野らを追い落とそうとの謀議を計った。そして、S、Nらは、右翼暴力団の実力者であるK(Nセンター、C政経会議所の実質的代表者、以下「K」という。)らに姫野の追い落とし方及びSの復帰についての協力を要請した。これに対して、Kらは、S、Nらと被告内外の不満分子の謀反に乗じて不正の利益を得ようと企て、Sに対しては、政財界の重要人物と知り合いであるかのように装い、姫野を追い出し、Sを経営陣に復帰させるように取り計らう旨約束した。

同月二三日ころ、Kらの要請に応じて、Sの了解のもと被告の社名入り封筒三〇〇枚がNらに渡され、Nらは、同月二九日に佐世保造船所内で開催予定の定時株主総会直前の同月二五日ころ、Nセンター名で「公開質問状」と題する書面(〈証拠略〉)及びNセンターが姫野から政治献金として二億円を受領した旨の領収書を右封筒に入れて相次いで被告の内外の関係者に送達した。「公開質問状」には、坪内体制を批判するとともに、姫野が不正行為をして私腹を肥やしているなどとして、四項目の質問に対する回答を新聞紙上に掲載等しなければ、被告の悪しき実態を広く世間に知らしめると同時に司法当局に対して告発していくと記載されており、その差出人名、記載内容、配布先等からして、被告に対する悪意・中傷に満ちたいわゆる怪文書であることが明らかであった。なお、右二億円の領収書はKらが偽造したものである。また、その後も、右「公開質問状」と同内容の「警告書」(〈証拠略〉)や「SSK(佐世保重工)残酷物語」なる文書(〈証拠略〉)が管理職を始め一部の社員、一部株主、市内著名人、関係官庁、取引先に送達された。

5  「公開質問状」配布後の状況(〈証拠・人証略〉)

同月二七日、佐世保造船所における朝会で、Sが右怪文書に関係していると感づいていた長谷川社長が、Sに退出及び自宅謹慎を命じた。長谷川社長は、S退出後、管理職らに「公開質問状」及び「警告書」に書かれている事は、事実無根であると説明した。また、被告の板垣舜二郎常務(以下「板垣常務」という。)は、課員を通じて、原告甲野に対して、右「公開質問状」等を所属長を通じて回収するよう指示したが、原告甲野は一旦は回収を開始したものの途中で中止し、逆に回収した「公開質問状」等を提出者に返してしまった。

また、原告甲野は、Sが自宅待機を命じられているにもかかわらず、Sの指示に応じて、業務部長の立場を利用し、翌二八日、Sのために朝会と称して実情を知らない管理職らを独断で召集した。Sは、右朝会で、長谷川社長を批判し、自分は必ず復帰すると演説した。

6  「連判質問状」等(〈証拠・人証略〉)

「公開質問状」及び「警告書」配布後、原告甲野らは、管理職有志名で、「公開質問状」の真偽についての説明を求めたうえ、姫野を役員にすることに反対する内容の質問状(〈証拠略〉、以下「連判質問状」という。)を作成し、これに原告甲野及び原告丙川を含む管理職ら五一名が就業時間中に佐世保造船所の建物内で署名・押印し、定時株主総会の前日である同月二八日、原告甲野らが長谷川社長に提出した。なお、原告乙山は、そのころ、出張中であったため、「連判質問状」に関与していない。

長谷川社長は、同月三〇日、「連判質問状」に署名した管理職らを集め、株主総会前に怪文書に振り回される管理職のふがいなさを指摘し、「公開質問状」等記載事実は事実無根であると再び説明した。

しかるに、原告甲野は、再びSの指示に応じて、業務部長の立場を利用し、同月三〇日に、前回と同様の朝会を召集して、Sに同様の演説をさせた。

Sは、平成元年六月二九日の定時株主総会で、七月一日付けで非常勤の取締役に決まり、同所長代行の職務も解任された。

7  「ダンセン」での会合(〈証拠・人証略〉)

Sは、平成元年七月始めころから、反姫野派であり、かつ、Sを支持する管理職を、佐世保市内のスナック「ダンセン」に度々集め、謀議を重ねていた。Sは、「ダンセン」で、右翼のKがSの復帰に協力してくれているとの話もしていた。右「ダンセン」に、原告甲野は、同月六日、一三日及び二一日の三回、原告丙川は同月六日、原告乙山は、同月六日、一三日及び二〇日の三回参加した。右「ダンセン」の費用は、Sが前記不正伝票事件で得た金で支払い、原告らは同スナックでの飲食費を負担していない。

(証拠略)並びに原告甲野、原告乙山及び原告丙川の各供述中、右認定に反する部分は、右各証拠に照らして信用できない。

8  「趣意書」(〈証拠・人証略〉)

原告甲野は、反姫野派の管理職の結束を固める目的で、後記「趣意書」の原案を作成し、同月一三日、「ダンセン」で他の仲間に見せた。その後、Sの指示で、同月一九日、右原案をワープロで清書したものに反姫野派の管理職らが署名捺印したうえで、佐世保造船所から本社の仲間にファックスして、支持の証としてSに渡した。同日、SはKらと東京都内の「都ホテル」で謀議し、その際、被告内の協力者を示す目的で、右「趣意書」をKに手渡した。

「趣意書」は、冒頭で、「我々は坪内体制の復活を断じて認めるわけにはいかない。現長谷川体制は残念ながら坪内氏のかいらい体制である。これは今回の株主総会ならびに役員改選の結果によって、より明確となった。我々はSSKのために下記六項目について、個人の名誉と尊厳にかけて確認し、署名捺印により、これを誓うものである。」と記載したうえ、

〈1〉坪内体制の復活には断固反対し、これを阻止する。

〈2〉単独での辞表は絶対に提出しない。

〈3〉解雇理由を相手に与えさせないためにも、全力を挙げ業務に精励する。

解雇通知については受取を拒否する。

〈4〉代表五名、各部から一名の世話役を選任する。代表五名は戦略・戦術の企画立案を行い、世話役は情報、戦術の伝達の任を負う。戦略・戦術はメンバー全員に計り決定する。

〈5〉メンバーは事実を正確に残すため日誌をつける。書き出しは平成元年七月一日とする。

〈6〉経費は、総てメンバー負担とする。とし、その下に趣意書起草発起人として、原告ら三名を含む一四名が署名捺印し、賛同者として二二名が署名捺印していた。

9  Sらの陰謀の発覚(〈証拠略〉)

被告は、同年八月、前記怪文書の発行者を告訴し、右告訴に基づいて警察の捜査が開始された。警察の捜査によって、SらがKらと前記怪文書事件を共謀して行うとともに、被告の関連会社の代表取締役の地位にあったことを奇貨として、同年七月一日以後、同社名義でKが実質的経営者である会社に対する債務を保証したり、右関連会社の不動産に抵当権等を設定したり、被告の不動産についての賃貸借契約を締結したりするなど、被告に対して特別背任等の数々の犯罪行為を行っていたことが明らかになり、佐世保警察署は、S、Nら三名を商法違反、公正証書不実記載、同行使事件として同年一一月一五日に逮捕するとともに、Kら二名を翌平成二年一〇月三日に逮捕した。また、捜査の進展とともに、不正伝票事件も判明した。

10  解雇に至る経緯(〈証拠・人証略〉)

被告は、Sらの陰謀の発覚とともに、内部で調査を進めたところ、前記「趣意書」等の事実が発覚し、被告は原告らの右行為が就業規則に違反するとして、被告の「賞罰委員会の設置ならびに表彰・懲罰案件の付議など処理運用要領」に則り、賞罰委員会を召集した。賞罰委員会は、調査のうえ、原告らにつき、就業規則六七条、六九条により、懲戒解雇該当との意見をまとめ、賞罰決裁者である長谷川社長に具申し、長谷川社長が就業規則六九条七号、一四号、一五号に該当するとして原告らに本件解雇を通告した。

なお、就業規則六九条(懲戒解雇事由)七号、一四号、一五号の内容は次のとおりである。

七号「故意または重大な過失により建造物・設備・材料その他を損壊もしくは紛失し、または会社に著しい損害を与えたとき」

一四号「前条各号の一に該当し、その情状とくに重いとき。」

一五号「その他前各号に準ずる程度の不都合な行為があったとき」

二  争点

各原告に対する懲戒解雇の有効性

三  当事者の主張

(被告の主張)

1 原告らに対する懲戒解雇事由

右一のような原告らの行為は、結局のところ、Sを始めとする会社乗っ取り策謀グループの行為を助けんとして始められ、被告に対し、財産的損害ばかりか、秩序を破壊される損害を与える一方、対外的にも被告の名誉・信用が著しく毀損された。原告らの具体的な懲戒解雇事由は次のとおりであり、原告らの諸行為は、就業規則六九条七号、一四号、一五号に該当する。

(一) 原告甲野

原告甲野は、平成元年当時は佐世保造船所業務部長の職にあったが、「嘆願書」に署名したばかりか、「連判質問状」、「趣意書」の作成、署名・押印に主導的立場で関与した。「趣意書」の作成者は原告甲野であり、これをもとに反社会的グループを結集し、経営陣の転覆を図らんとしたのである。

この間、原告甲野は業務部長として会社の秩序維持に努めなければならないのに、逆に社員を煽る行為を繰り返した。例えば、板垣常務の指示を守らないで虚偽文書を配布し、あえて一般社員に疑義を生じさせることを企図したばかりか、平成元年六月二八日及び同月三〇日には業務部長の立場を利用し、実情を知らない管理職らを独断で召集して、そこに出社を禁じられているSを出席させ、Sの長谷川社長批判と自己弁護の演説を許した。

特に業務部長は佐世保造船所の所長印の保管責任者であるが、原告甲野は、その保管責任に充分なる注意を払っていなかったことから、右印によって、Sらは、Kが実質的代表者である会社に被告の佐世保造船所建物の一部を賃貸する旨の契約を締結するなどの不正行為をなし、謀略グループを勢いづかせた。

「ダンセン」では、SやKらの陰謀が常時説明されており、ここに臨席した者は一連の状況が彼らのために行われていた不正行為の一部であることをはっきりと認識することができたはずであり、原告甲野の「ダンセン」での飲食行為は許されるべきものではない。

(二) 原告乙山

原告乙山は、平成元年当時は佐世保技術開発株式会社出向兼事業開発室グループ主任部員の職にあったが、「嘆願書」に署名したばかりか、「趣意書」の作成、署名・押印には主導的立場で関与した。

この間、原告乙山は右書面の作成並びに会社乗っ取りグループへの協力として原告らを含む社内策謀グループと協議を行うため、業務中であるにもかかわらず、会社施設を無断で業務外の目的に使用し、会社の諸規則、諸規程を無視する行為を繰り返した。

また、原告乙山も「ダンセン」で飲食していた。

(三) 原告丙川

原告丙川は、平成元年当時は鉄構統括部主任部員兼佐重工興産株式会社出向の職にあったが、「嘆願書」に署名したばかりか、「連判質問状」、「趣意書」の作成、署名・押印に主導的立場で関与した。

この間、原告丙川は右書面の作成並びに会社乗っ取りグループへの協力として原告らを含む社内策謀グループと協議を行うため、業務中であるにもかかわらず、会社施設を無断で業務外の目的に使用し、会社の諸規則、諸規程を無視する行為を繰り返した。

原告丙川は本件の一連の行為以前にも、昭和六二年一〇月には当時の勤労部長としての地位を利用し、自らを進級基準を無視し「社員等級九級」から「同一〇級」に特別進級させている。

更に、昭和六三年当時、原告丙川は佐重工興産株式会社の常務取締役として出向していたのであるが、常務取締役としての職務を果たさなかったばかりか、自らは「代表取締役」の肩書きを使用し、関係先に出向くなどした。佐重工興産株式会社は長崎県及び佐世保市の指定業者としてそれぞれ代表取締役名を届出なければならないが、原告丙川が「代表取締役」の名刺を多数配布したため、県及び市から代表取締役変更届を出すように注意・勧告を受けるという始末であった。

また、原告丙川も「ダンセン」で飲食していた。

2 退職金不払いの根拠

被告においては、就業規則三三条並びに「退職金支給規程」において退職金の規程があり、右「退職金支給規程」五条では「懲戒解傭者」を除外しており、懲戒解雇等被告の秩序並びに背信行為として著しい場合には、退職金を支給しないこととしている。

(原告の主張)

1 解雇事由の不存在

「趣意書」は、管理職有志が被告の運営に疑問をもち、被告の将来を心配して、被告をあるべき姿に戻すため結束しようという趣旨のものであり、外部に発表したり、これに基づいて行動したこともなかったもので、原告らがこれに署名したことは事実であるが、懲戒解雇の理由とするのは不当であり、その他原告らについて懲戒解雇を正当とする事由は存在しない。

2 解雇手続の不備

本件各解雇に際して、原告甲野については事情聴取がなく、他の原告については事情聴取は賞罰委員会の決定後に行われ、それも不十分であった。

第三争点に関する判断

一  懲戒解雇事由

1  前記第二の一「基礎となる事実関係」によれば、被告主張の本件懲戒解雇事由の内、認定できる事実は次のとおりである。

(一) 原告甲野

原告甲野は、佐世保造船所業務部長の職にあったが、「嘆願書」、「連判質問状」に署名したばかりか、「趣意書」の作成に主導的立場で関与した。また、原告甲野は、板垣常務の指示を守らないで「公開質問状」等の回収をせずに、いったん回収した右文書を返還したり、平成元年六月二八日及び同月三〇日には業務部長の立場を利用し、自宅待機を命じられていたSのために管理職らを召集して朝会を開催し、Sに長谷川社長を批判し、自分は必ず復帰するとの演説をさせた。また、原告甲野は、「ダンセン」に少なくとも三回は出席した。

(二) 原告乙山

原告乙山は、佐世保技術開発株式会社出向兼事業開発室グループ主任部員の職にあったが、「嘆願書」に署名し、「趣意書」に趣意書起草発起人として署名した。また、原告乙山はスナック「ダンセン」に少なくとも三回は出席した。

(三) 原告丙川

原告丙川は、鉄構統括部主任部員兼佐重工興産株式会社出向の職にあったが、「嘆願書」、「連判質問状」に署名し、「趣意書」に趣意書起草発起人として署名した。また、原告丙川は「ダンセン」に少なくとも一回は出席した。

2  ところで、前記第二の一「基礎となる事実関係」からすれば、原告らは、昭和六三年に長谷川氏が被告代表取締役に就任することが決まった以後、姫野の復権を嫌い、これを阻止しようとして他の管理職らとともに「嘆願書」を作成したが、それにもかかわらず、長谷川社長の信頼を得て姫野が要職に就くと、平成元年六月以降は、長谷川社長及び姫野の失権を企図し、自己の復権を画策して右翼暴力団とまで共謀していたSを支持し、これを支援するために、「連判質問状」(原告乙山を除く)・「趣意書」を作成し、「ダンセン」での会合に参加したものである。このような原告らの右一連の行動は、被告の経営人事権に不当に介入し、その経営権を侵害するものであって、従業員である原告らに許されるべきものではない。

特に、「趣意書」は、長谷川社長及び姫野ら当時の被告経営陣を失権させる目的で、反姫野派の結束を固めるために作成され、署名者らが結束して戦略・戦術の企画立案を行うことを明記し、また、このことによって被告から解雇されることをも予測しながら、あえて姫野らの復活を阻止することを誓う内容であり、「趣意書」がその支持の証としてSに渡されたことからしても、企業秩序に反する社会的相当性を欠く行為であるということができる。

さらに、原告らが支持したSやKらによる怪文書事件、背任事件等の数々の違法・不正な行為により被告が有形無形の損害を被ったことや原告らが重要な職責を有する幹部社員であるにもかかわらず、右一連の行動に出たことも合わせ考えると、右1認定の原告らの行動は、被告の就業規則六九条七号、一四号、一五号に該当し、懲戒解雇事由にあたることは明かである。

原告らは、姫野が過去に不正行為を重ねていたので、姫野の復権に反対し、被告を明るい職場にしようとして「趣意書」に署名捺印した旨述べる(〈証拠・人証略〉)。また、原告らがSらの特別背任等の犯罪行為についてまで具体的に知っていたと認めるに足りる証拠はない。しかし、他方、姫野が不正行為をしていたと認めるに足りる証拠はなく、長谷川社長が姫野への疑惑は事実無根であると再三説明しているにもかかわらず、原告らは、不正伝票事件に関与していた管理職らと共に、右翼暴力団とまで結託していたSの方を支持したものであって、その行為の態様も会社経営者に正当なルートを通じて進言するというようなものではなく、会社秩序に反し、原告らの行為について情状酌量の余地はない。

3  なお、被告主張のその他の懲戒解雇事由については、以下の理由で認められない。

(一) 被告は、原告甲野が佐世保造船所所長印の保管に充分なる注意を払っていなかったことから、右印によって、Sらは諸々の不正行為をなした旨主張するが、原告甲野の右注意義務の具体的内容等について主張立証がなされておらず、右主張を認めることはできない。

(二) 被告は、原告丙川は昭和六二年一〇月に、当時の勤労部長としての地位を利用し、自らを進級基準を無視し特別進級させた旨主張するが、進級の事実自体は当事者間に争いがないものの、違法な特別進級であると認めるに足りる証拠はない。また、被告は、原告丙川は昭和六三年当時、佐重工興産株式会社の常務取締役としての職務を果たさなかったばかりか、自らは「代表取締役」の肩書を使用したため、長崎県及び佐世保市から注意・勧告を受けた旨主張する。しかし、右常務取締役としての職務を果たさなかったことを認めるに足りる証拠はないし、原告丙川が右肩書の名刺を使用したことは当事者間に争いがないものの、原告丙川が勝手に右名刺を使用していたと認めるに足りる証拠はない。いずれにしろ、これらの事由は、本件懲戒解雇よりかなり以前の事実であり、本件懲戒解雇の事由としては相当ではない。

(三) 被告は、原告乙山及び原告丙川は、「趣意書」の作成並びに社内策謀グループと協議を行うため、業務中であるにもかかわらず、会社施設を無断で業務外の目的に使用し、会社の諸規則、諸規程を無視する行為を繰り返した旨主張するところ、「趣意書」の署名捺印については、既に認定・評価したとおりであり、その他については、具体的事実について主張立証がなく、採用できない。

(四) しかし、前記1認定の原告らの各行動だけでも、懲戒解雇事由に該当すると認められることは、前記2認定のとおりである。

二  解雇手続について

原告らは、本件懲戒解雇にあたって、原告らに対する事情聴取がなされなかったり不充分であったから解雇手続に不備がある旨主張するが、被告においては、「賞罰委員会の設置ならびに表彰・懲罰案件の付議など処理運用要領」で「案件審議上必要な場合は所属長・本人・その他の関係者を委員会に出席させ事情を聴取しまたは意見を述べさせることができる。」と規定されている(〈証拠略〉)にとどまり、被懲戒者の事情聴取や意見陳述は懲戒解雇の要件とされておらず(〈証拠・人証略〉)、被告は右処理運用要領に則って、本件懲戒解雇を実施しており、本件懲戒解雇手続に不備は認められない。

三  結論

以上によれば、本件懲戒解雇は有効であるところ、被告の「退職金支給規程」では、第五条において「懲戒解傭者に対しては退職金を支給しない。」と規定されている(〈証拠略〉)から、原告らは退職金受給権を有しない。また、本件懲戒解雇は有効であり、不法行為にもあたらない。

よって、原告らの請求はいずれも理由がないから棄却する。

(裁判官 白石史子)

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